とりまかし読書記録

読んだ本の感想や書評を掲載していきます。

日本とスウェーデンの共通点

「限りなく完璧に近い国々」
「北欧」という言葉には良い響きがある(と思う)。人びとの所得が高いが税金も高い。その分、医療や教育が無料で受けられて福祉制度も充実している。いつかは北欧で暮らしたい。北欧諸国に対してこのようなイメージを抱く人は多いだろう。実際に、「世界で最も住みやすい国指標」としても知られる「Social Progress Index」のランキングでは上位5位までに北欧4か国がランクインしている(2020年度)。

socialprogress.blog

北欧諸国の1つであるスウェーデンは、今回のコロナ禍でも人びとの行動をほとんど制限しないという方針を貫いて世界の注目を浴びた。先ほどのSSIランキングでスウェーデンは第4位である(2020年)。この結果は多くの人がスウェーデンに対して抱くイメージをある程度まで裏付けているように思える。しかし、「世界がスウェーデンに抱く虚像」という記事によれば、人びとが持っている「スウェーデン像」は虚像にすぎないのだという(『ニューズウィーク日本版』2020年11月10日号)。記事によれば、スウェーデンは開放的で反差別的な国--こうした国家像はスウェーデン人が自ら掲げる「あるべき姿」なのであって、現実とは相いれない。
www.newsweekjapan.jp


スウェーデンの同調主義
世界がスウェーデンの現実ではなく虚像を見るのは、スウェーデン人が自らその虚像を信じているからだ。記事が冒頭で紹介しているスウェーデン国防軍人の「経歴詐称事件」はともかく、スウェーデン人の思い込みの背後には根強い同調主義があるとする著者の指摘は正しいだろう。スウェーデン人は「自分がどう振る舞うべきかを心得ていて、他人にも同じ振る舞いを期待する」。

もっとも、このような指摘は珍しくない。北欧社会の特徴を国ごとに描いた『限りなく完璧に近い人々』(角川書店)でマイケル・ブルースは、そもそも北欧は民族や文化といった点で同質性の高い地域だと書いている。同質性の欠点は人びとが全体主義におちいりやすいことで、スウェーデンの特徴の1つがまさにこの点なのだという。移民に対する反感が生まれやすかったり、独創性を生む土壌ができにくかったりする。そして誰もが摩擦を避けようとする結果が全体主義である。

日本とスウェーデンの共通点
ブルースによれば、スウェーデン人は「ほかの人とエレベーターに一緒に乗るのを避け」、「知らない人とどう口をきいたらよいか、わからない」という人たちだ(この本が出版されたのはコロナ禍の前であることをお忘れなく)。この記述を読んで日本人はスウェーデン人に親近感を抱くかもしれない。まるで日本人について書いているようだ。伝統的に単一民族の国家とされる日本は民族や文化の同質性が高いし、日本の社会全体に同調主義が広く行きわたっていることは誰しも認めるところだろう。「空気を読む」とか「忖度」といった言葉が日常的に使われることからも、日本社会に溶け込んでいる同調主義がうかがえる。

ところで何が同調主義を生み出しているのだろう。先の記事はスウェーデンが「高信頼社会」だと書いたうえで、高信頼社会が同調主義の背後にあると指摘する。ただし「信頼」という言葉の意味には注意が必要だろう。ここで思い出されるのは、信頼と安心の違いを明らかにした山岸俊男の議論だ。『信頼の構造』(東京大学出版会)によれば、全体主義的な集団主義社会は安心を生み出すものの信頼を破壊する。人びとの関係が非常に安定していれば、お互いにわざわざ信頼し合う必要はない。そしてこのような関係から人びとは安心感が得られる。言わば、スウェーデンは「高安心社会」なのだ。これは日本も同じである。

信頼の構造: こころと社会の進化ゲーム

信頼の構造: こころと社会の進化ゲーム

  • 作者:山岸 俊男
  • 発売日: 1998/05/15
  • メディア: ハードカバー

『信頼の構造』によれば「信頼が必要とされる社会的不確実性の高い状況では、安心が提供されにくい」。コロナ禍で先が見通せなくなっている現在はまさにこのような不確実性の高い状況だと言えよう。現在の日本(とスウェーデン)では、社会が必要とする信頼を破壊してしまう同調主義を意識的に見直していくことが求められるのではないだろうか。