「治外法権にもとづく不平等協定が、現在の日本における混迷の根源である。」
本書は「戦後再発見」シリーズの2冊目で、「日米地位協定」の内容や問題点をQ&A形式で解説するPART1と、外務省で地位協定の運用マニュアルとして書かれたという機密文書「日米地位協定の考え方」を紹介するPART2の二部構成である。編著者の前泊博盛は『琉球新報』で記者・論説委員長を務めた人で、現在は沖縄国際大学で教鞭を執る。専門は沖縄経済や日米安保論である。
日米地位協定は米軍の日本での法的な地位を定めている。この協定に根拠があればこそ、外国軍隊である米軍は日本国内に基地を保有し、訓練などを行うことができる。ところがこの協定には重大な欠陥があり、その欠陥からさまざまな問題が生じている。問題がなぜ起きるのか。本書は具体的な事例を取り上げながらその原因を論じる。
まずは本書の主張をまとめておこう。
治外法権にもとづく不平等協定
日米地位協定は「治外法権にもとづく不平等協定」であり、「いかなる場合も米軍の権利が優先する」という特徴をもつ。米軍が駐留するドイツ・イタリア・韓国などが米国と結んでいる同様の協定と比べても、日米地位協定は著しく不平等である(188頁)。
たとえば、地位協定第2条によって、米軍基地は日本国内にありながら日本の国内法が適用されない。そのため基地は事実上、米国の領土となってしまっている。すべての米軍基地がイタリア軍司令官のもとにおかれているイタリアとは状況がまったく違う。また、地位協定第4条によって、米軍が基地の土壌などを汚染しても、返還時に米軍はそれを元通りに(原状回復)する義務がない。「環境条項」のある米韓間の協定と対照的だ。
地位協定が引き起こすさまざまな問題
不平等で米軍優先の地位協定は、実際に多くの問題を引き起こしている。
刑事裁判権について定めた地位協定第17条には、「公務外で罪を犯した米兵について、日本側が起訴するまでは、犯人の身柄を米国側は引き渡さなくてもよい」といった内容のくだりがある。起訴するためには犯人を取り調べて証拠を集める必要がある。しかし日本側は基地に逃げ込んだ犯人を逮捕できない。結果としてこの犯人は罪に問われずに済む可能性が高い。この条項によって「女性をレイプしようと、自動車で人をひき殺そうと、米兵が正当な処罰を受けずに終わるケースが多発する」(142頁)。
この条項は米兵による犯罪の誘因を高める。2012年10月に起きた米兵(海軍)2人によるレイプ事件はこの典型例である。著者はこう書く。
「このふたりの米兵は、早朝に女性をレイプしたその日、グアムに移動する予定になっていました。そのタイミングをねらって犯行におよんだことは、ほぼまちがいありません。米兵が日本で女性をレイプしても、基地に逃げこんで飛行機に乗ってしまえば、まず逮捕されることはない。身柄を確保して、とり調べを行なって事件を捜査することが不可能になるからです。」(142頁)
(彼らを16日未明に集団強姦致傷容疑で逮捕できたのは幸運だったと言える。)
同じく地位協定17条によって、日本側は基地の内外を問わず、米軍の財産を捜索したり差し押さえたりできない。米軍が17条を盾に取って米軍ヘリを「財産」だと主張すると、警察も含めて日本側は事故現場へ立ち入ることができなくなる。2004年8月13日に沖縄国際大学のキャンパスで起きたヘリコプター墜落事件では、「事故直後、隣接する米軍普天間基地から数十人の米兵たちが基地のフェンスを乗り越え、事故現場の沖縄国際大学構内になだれこんだ」うえで、「事故現場を封鎖し、そこから日本人を排除」した(30頁)。当然、事故原因を調べることはできず、米軍に過失があったのかどうかを知ることも不可能である。
民事裁判権について定めた地位協定18条によると、民間人に対する損害について米軍のみに責任がある場合でも、日本側には25%を賠償する義務がある。1998年5月に確定した第1次嘉手納基地爆音訴訟の損害賠償金は15億4千万円、横田・厚木も含めると賠償金の総額は25億2千万円にのぼる。つまり、日本は自らに原因のない騒音に対して、6億円ほどを支払う義務が生じた。ところが実際には、米軍の負担額を日本が全額(19億円ほど)立替えて以降、米軍は支払いを踏み倒したまま1円も日本に支払っていない(85--86頁)。
さらに日米地位協定に基づいて定めた「航空特例法」によって、アメリカ本国では実施できないような住宅地での危険な低空飛行訓練を米軍は日本で行なっている。
問題を悪化させる密約のかずかず
「日米合同委員会」による密室協議で決まったかずかずの「密約」が問題を悪化させている。公務と無関係に(基地の外で)罪を犯した米兵に対して、協定17条は日本側に一次裁判権があると定めている。ところが密約によって、著しく重要な事件以外は日本が裁判権を放棄することになっている。実際、「米兵の公務執行妨害や、文書偽造、詐欺、恐喝、横領、盗品など」の「基礎率は、なんと『0%』。つまり不起訴率100%。まったく罪に問われていない」(76頁)。
安保条約、地位協定の改廃は可能か
多くの問題をはらんでいるにもかかわらず、日米地位協定の改廃は実現的に見て難しい。「日米地位協定の考え方」を上梓した元外務官僚の口から出た「改定はありえない」という言葉が、著者には非常に印象深かったという。「遠まわりかもしれない」と前置きしたうえで著者はこう指摘する。地位協定を改定するためには、不平等・不条理な日米安保条約や地位協定、沖縄の基地問題にアメリカ人の関心を向けさせること、そして改定を支持する世論を形成することが不可欠である。著者の念頭にあるのは米軍による沖縄での暴政を暴いたフランク・ギブニーの「沖縄-忘れられた島」だ。ギブニーの記事は米国内で議論を呼び、沖縄の占領統治を終わらせるきっかけになったという。
仮に日本から米軍が撤退した場合、日米関係が悪化し、安全保障上の問題が生じることを懸念する声がある。しかし著者は実際に米軍が撤退したフィリピンを例に挙げながら、この懸念が必ずしも正しくないと指摘する。撤退後もフィリピンと米国の関係は特に悪化しているわけでもなく、米比相互防衛条約はそのまま存続している。他方で、フィリピンからの米軍撤退が中国による南沙諸島の実効支配を招いたという見方がある。しかし中国が得たのは広いエリアの中の小さな島ひとつのことで、この見方は事実とはおよそかけ離れていると著者は反論する。
本書を読んでの感想、評価
日米地位協定について知りたいと考える人にとって、本書はうってつけの入門書だ。付録として掲載された地位協定全文とその解説、PART2で取り上げた「日米地位協定の考え方」による解釈の説明は非常に有用である。またPART2で描かれた「考え方」の全文公表に至るまでのエピソードは、新聞記者としてこのスクープに直接かかわった編著者ならではものだろう。全文を入手してから実際の報道までにかかった7年という年月の長さが、スクープにかかわった人たちの意欲と情熱を伝えてくれる。
他方で本書全体に流れる感情的なトーンが、ひょっとしたら読者を白けさせてしまうかもしれない。編著者は地位協定の前身である「日米行政協定」を「講和条約や安保条約には書き込めない、もっと属国的な条項を押しこむための『秘密の了解』」(60頁)であり、地位協定を「アメリカが占領期と同じように日本に軍隊を配備し続けるためのとり決め」(17頁)だと見なす。そして地位協定が「現在の日本の混迷の根源」(61頁)だと断言する。こういった見方を大げさだと感じたり、地位協定と原発問題が同根であるとの議論をこじつけだと思ったりする読者も少なくないだろう。書き方を変えれば無用の反発を減らせただろうにと、個人的にはやや残念に思う。もっとも多くの人が地位協定や安保条約の問題点を理解せず、そもそも地位協定の存在すら知らないという現状を踏まえれば、編著者はあえていらだちを隠さずに問題を論じたのかもしれない。
本書が広く大勢の人に読まれることを望むが、同じ問題を扱いつつも調子を抑えて書かれた、吉田敏浩さんの手による以下の2冊の書籍を薦めたい。1冊目は本書と同じシリーズに収められている『「日米合同委員会」の研究』。もう1冊が『日米戦争同盟』(河出書房新社)である。どちらも地位協定を含めて、関連する問題を広く知ることができる。