とりまかし読書記録

読んだ本の感想や書評を掲載していきます。

ファストファッションとスローファッション。『ファストファッション』を読んで考えたこと

2年ほど前に買ったまま「積ん読」だった『ファストファッション:クローゼットの中の憂鬱』(エリザベス・L・クライン、春秋社)を読み終えた。ファストファッションに代表される格安ファッションが地球環境に与える悪影響や、製造現場の劣悪さなどは色んなところで話題に上っている。その意味で本書の内容が目新しいというわけではない(もっとも原書が出たのは10年前で、読み終えるのが遅かったからかもしれない)。

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ファストファッションと対置される概念が「スローファッション」。地域や環境に配慮しながら何を着るのか決めるという考え方のことで、2007年6月にケイト・フレッチャー(Kate Fletcher)というデザイン活動家(サスティナビリティについての研究者でもある)が『Ecologist』に掲載した「Slow fashion」という記事で用いたのが最初と言われている。もっとも、フレッチャーは記事で、スローとはファストと対立するものではないと書いている。そうではなく「製品が労働者や社会、環境へ与える影響をデザイナーやバイヤー、小売業者、消費者がもっと意識する」というファストとは違った関わり方のことなのである。

衣服との関わり方としてエシカルファッションやスローファッションが1つの潮流となりつつある現在、読んでおく価値のある本だと思う。まずは本書の概要を簡単に紹介しよう。

市場にあふれる大量の粗悪品

アメリカではアパレル業界が30年ほどで大きく様変わりした。国産の衣料品が姿を消し、超高額な品と格安品の二極化が進んだ。値段の高いブランド品でも品質が高いとは限らず、市場は大量の粗悪品であふれて人々は服を使い捨てるようになった。アメリカの服飾産業でなにが起きたのか?本書はこの疑問に答えてくれる。

本書によれば、アメリカ人はいまだかつてないほど多くの服を持っている。とは言えアメリカ人が昔と比べて衣料品にお金をかけるようになったわけではない。格安ファッションが出回り、衣服の価格が下がったのが理由だ。アパレル企業は服を「格安」で提供するために縫製工場をアメリカ国内ではなく人件費の安い中国やバングラデシュに置く。しかし消費者が求める低価格に応えるためには工場をアジアに移すだけでは不十分だ。最低賃金(を下回る賃金)を従業員に強い、劣悪な労働環境を放置し、生地の質を可能な限り下げる。それでも低価格に慣れた消費者は「高い価格を不当と見なす」ため、企業はさらに価格を下げざるを得なくなる。「いまだかつてない大量販売」(128ページ)を展開するファストファッションがこの悪循環を助長している。

こうした状況は多方面に多くの損害をもたらしている。著者の主張は3つにまとめられるだろう。

  1. ファッション関連企業が海外へ進出した結果、産業が衰退し多くの人が失業した。また、賃金も下がった(2章)。
  2. 市場に出回る服が粗悪になり、生地の品質や仕立ての良い服を見つけるのが難しくなった。本当に質の良い服があっても、それらの価格は手が届かないくらい高い(3章)。
  3. 資源を枯渇させるほど大量に服を製造することで環境に過大な負荷がかかっている。それらの大量生産された服は大半がリサイクルされず大量のゴミを生んでいる(5章)。

この状況を改善するための方策として著者が本書で提案するのが裁縫(8章)とスローファッション(9章)だ。どちらにも共通するのは一人ひとりが購入数を減らし、それぞれによりお金をかけるということ。つまり良い物を少なく持って長く使おうというのである。著者自身は裁縫を覚えて格安ファッションと距離をおくようになった。服を自分に合うように作り直すことを知って、服との接し方が変わったようだ。スローファッションにはファッション性という強みがあり、地域で作られた「自己表現のための服」にお金をかければ社会全体を元気にすることができるとも著者は言う。

「最新のものを最安値で手に入れる」を信条として格安ファッションを買いあさっていた著者は、本書の書き終えるころにはすっかり宗旨変えしてしまった。「格安ファッションにお金をかけるのがどんなに無駄か、今は身にしみて感じている。何しろ生地も仕立ても、持つ価値のないものがほとんどなのだから」(252ページ)という著者の言葉は印象的だ。

 

さて日本はどうか?

本書が出版されたのは10年前のアメリカだが、さて現在の日本はどうだろう。H&Mが日本に最初の店舗を銀座でオープンしたのが2008年。2019年11月21日には仙台に100店舗目を出店した。それとは対照的に、フォーエバー21(FOREVER21)は2019年10月31日に国内の全店舗を閉鎖して日本から撤退した。どちらも本書でファストファッションの代表格として取り上げられているアパレルブランドだ(FOREVER21はデザインの盗用などが主な話題だったが)。両社の盛衰を分けたのかが何なのかを読み解くうえで、本書の内容が参考になるかもしれない。そして今後の日本のファッションの動向を考えるうえで、本書のメッセージには私たちにとって重要な示唆が含まれていると思う。

本書を手に取る人は多かれ少なかれファッション(あるいはアパレル業界)に関心を持っているだろうけれど、世の中には服は着られればよいと考える人も多い。本書はそういった人たちを無視しているが、彼らと格安ファッションとの関係についても考察する意味はあるだろう。

 

究極のスローファッション「着物」

今までファストファッションにまったく興味を抱いたことのない身としては、人びとを格安ファッションへと駆り立てる原動力がなんであるのか、本書を読んでもどうも理解できない。経験的にも、高いお金を出して買った質の良い服は大切にしようという気になるけれど、安物は扱いもぞんざいになる。

去年から着物生活を始めて、日ごろから普段着として着物を着ている。それでふと思い立ったのは着物こそ究極のスローファッションなのではないか?国内の産地で紡いだ絹糸を地元の工房で染め上げる。職人が作り上げた反物を和裁士が着物に仕立てる。多くの工程が手作業で仕立て上がるまでに時間はかかるものの、品質は間違いなく高い。そして当然のことながら使い捨てられるようなものではなく、長く着られる。良い物ならば世代を超えて子や孫や、あるいは知人でも、持ち主を変えて受け継がれていくこともあるだろう。着物生活は環境に優しいライフスタイルだと思う。

着物が環境に優しい理由の1つは「別誂え」という売り方にあるのだろう。老舗の呉服問屋である廣田紬さんは、ブログでこう書いている(「エコな着物? 世界に誇る究極のエシカルファッションとは」『問屋の仕事場から』2019年3月19日)。

呉服という商売はやりようによって沢山の在庫を抱えずに効率の良い商売が可能になっています。例えばフォーマル着物の世界では在庫を極力持たずにお客さんから白生地の状態から任意の柄を作る、別誂えという方法が確立されています。必要な分だけを作るという究極にエコで効率的な商売、さらに個人規模で営業しているのであれば経費を極力抑えることができ、それを商品価格に反映して消費者ともにWin-Winの関係を築くことができます。

もっとも現在は着物も多種多様で、ファストファッションとは言わないまでも、あまり質のよくない既製品も多く出回っている。もっとも、現状では着物が大量生産・大量消費されることはないので(着る人が少ない)地球環境に悪影響を及ぼすようなことはないと思うけれど。実はファストファッション・スローファッションという文脈で着物を論じた論文が書かれていて、なかなか興味深い。関心があったら目を通してみてもよいだろう。

Jenny Hall. (2018) “Digital Kimono: Fast Fashion, Slow Fashion?Fashion Theory, 22(3), 283-307.