とりまかし読書記録

読んだ本の感想や書評を掲載していきます。

誰のワクチン接種が優先されるのか

新型コロナウイルス1

 

2020年の最も大きな出来事は新型コロナ感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的な大流行)だろう。12月までに世界で死者は160万人を超え、日本でも日々、感染の第3波の様子が報じられている。経済活動への影響もまた深刻だ。各国の主要都市ではロックダウンによって経済活動が大きく停滞した。日本でも新型コロナの影響によって多くの企業が倒産するなど、経済へのダメージは甚大だ。

 

新型コロナ関連で明るい話題と言えばワクチンに関するものだろう。米製薬会社ファイザー(Pfizer)が独バイオ企業ビオンテック(BioNTech)とワクチンを共同開発し、有効性が90%を超えると発表したのが11月9日。12月11日には緊急使用が承認されたThe New York Times, December 11, 2020)。

www.nytimes.com

18日には米バイオ企業モデルナ(Moderna)が開発したワクチンも承認された。実は中国、ロシア、英国、米国の4か国を合わせると、110万人を超える人たちが既にワクチンを接種している(「コロナワクチン接種、4カ国で110万人超え」『日本経済新聞』オンライン版2020年12月19日8:09 )。

www.nikkei.com

日本でも12月2日には「予防接種法改正案」が成立し、早ければ2021年3月にはワクチン接種が始まる見込みだ(厚生労働省新型コロナウイルス感染症のワクチンについて」)。

 

誰のワクチン接種が優先されるのか

 

3月からワクチン接種が開始されるとしても、全国民が直ちにワクチンの恩恵にあずかれるわけではない。ワクチンの量に限りがあるからだ。そのため「まず誰に接種するか」という優先順位が問題になる。新型コロナウイルスについて言えば、「新型コロナウイルス感染症対策分科会」が優先順位も含めた接種のあり方を検討していて、2020年9月25日に「中間とりまとめ」を発表した(「新型コロナウイルスワクチンの接種順位等について」)。

 

「中間とりまとめ」では接種目的をこう述べている(9ページ)。

新型コロナウイルス感染症による死亡者や重症者の発生をできる限り減らし、結果として新型コロナウイルス感染症のまん延の防止を図る。

公衆衛生の観点から、死亡者や重症者の数をできるだけ抑えるという目的は妥当である。次いで、「中間とりまとめ」では接種順位がこう説明されている。

を接種順位の上位に位置付けて接種する。今後、具体的な範囲等について、検討する。

  • 高齢者及び基礎疾患を有する者や障害を有する者が集団で居住する施設等で従事する者の接種順位について、業務やワクチンの特性等を踏まえ、検討する。

さらに、妊婦の接種順位について、国内外の科学的知見等を踏まえ、検討する。

 

「医療従事者」「高齢者」「基礎疾患を有する者」を優先することは分かるが、彼らの接種順位が同等なのか異なるのか、この説明からは読み取りにくい。ただし「考えられる接種順位の大まかなイメージ」(18ページ)を見ると、①医療従事者、②高齢者、③基礎疾患を有する者の順で優先的にワクチンを接種することが想定されていることが分かる。

 

この「中間とりまとめ」を読むと、接種順位の中に「社会機能維持者」が含まれていないのが不思議である。社会機能、つまり流通インフラや公共サービスを提供する人たちがコロナウイルスで倒れてしまえば社会は混乱に陥ってしまう。実際、2009年2月に改定された「新型インフルエンザ対策行動計画」では新型インフルエンザの発生・流行状況のどの段階でも「医療従事者及び社会機能の維持に関わる者」を優先接種すると書かれている。

 

社会機能維持者が誰を指すのかについてはまちまちだが、例えば「新型インフルエンザワクチン接種に関するガイドライン」(2007年3月26日、新型インフルエンザ専門家会議)では、社会機能維持者を①治安を維持する者、②ライフラインを維持する者、③国又は地方公共団体の危機、管理に携わる者、④国民の最低限の生活維持のための情報提供に携わる者、⑤ライフラインを維持するために必要な物資を搬送する者としている。また「新型インフルエンザ対策行動計画」(2011年9月20日新型インフルエンザ対策閣僚会議)では、社会機能の維持に関わる事業者を「医療関係者、公共サービス提供者、医薬品・食料品等の製造・販売事業者、運送事業者、報道関係者等」と定義している。

 

優先順位に関する2つの問題

 

ワクチン接種の優先順位に関する問題は大きく分けて2つある。優先順位の決め方と実際の接種である。

 

優先順位をどうするのか。これは「医療の配給」にまつわる問題で、生命倫理学や医療倫理学の分野で議論されるテーマだ。グレッグ・ボグナーとイワオ・ヒロセは『誰の健康が優先されるのか』(2017年、岩波書店)の中で、医療の配給方法は合理的で、かつ倫理的・道徳的に正当化できなければならないと述べている(本書の内容についてはこちらの記事をお読み頂きたい)。そのような配給方法を考えておけば、医療現場での恣意的なワクチン接種を避けることができる。また、医療スタッフに「命の選別」を強いる必要もなくなる。

 

しかし仮に「完全な優先順位」を決めることができたとしても、問題は残っている。優先順位に従って人びとにワクチン接種することが、現実には非常に難しいのである。「新型コロナ:ワクチン接種と公平性のジレンマ」(『ニューズウィーク日本版2020.12.22号』)はワクチン接種に関して現実に起こりうる問題に懸念を示している。

www.newsweekjapan.jp

例えば、医療関係者や高齢者の接種が終わって、次は社会機能維持者に対してワクチンを接種するとしよう。「新型インフルエンザ対策行動計画」では「報道関係者」が社会機能維持者として定められているが、果たして報道関係者とは誰のことか。新聞記者は報道関係者と言って問題ないだろうが、新聞社に勤務するすべての人が報道関係者というわけではないだろう。報道関係者かどうかを業務によって線引きするのは難しいように思える。またこの時代はブログやYouTubeを通じて誰でも「ニュース」を発信できる。全員が報道関係者でないのは自明だが、では報道関係者と言えるための条件は何だろう。「いつワクチン接種できるのか」が書くように優先順位を決めるための「条件」が示されても、「住民のうち誰が、どのグループに該当するかを個別に判定するプロセス」が大きな問題となるのだ。また、条件に合致するかどうかが「観察可能」でない場合、問題はもっと複雑になるに違いない。ワクチン接種を求めて自分の属性を偽る人がいるだろうからだ。

 

問題があろうとなかろうと、ワクチン接種は来年には始まるだろう。それは人びとが望んでいることでもある。社会の混乱が最小限で済むことを祈りたい。