とりまかし読書記録

読んだ本の感想や書評を掲載していきます。

ダニエル・オーフリ 『患者の話は医師にどう聞こえるのか』みすず書房

本書は医師と患者のコミュニケーションの重要性を訴える本だ。著者の主張を一言で表せば「コミュニケーションは医療に役立つ」。その主張には3つの側面がある。①「医師が話を聞いてくれない」という、患者にとって最大の不満が消え、医療に対する患者の満足度が高まる。②患者をよりよく理解することで、誤った治療や不要な治療をせずに済む。その結果、医師にとって時間の節約になる。③訴訟が減る。

薬の知識や手術の腕前などと比べてコミュニケーションが医療に果たす役割は過小評価されてきたと著者は言う。医学部でコミュニケーションスキルを専門的に学ぶことがないため、医師はコミュニケーションスキルを医療技術とは見ない。コミュニケーションが(たとえプラセボの一種だったとしても)効果的な医学的介入であることを示す研究は多いが、医師は「このようなソフトな研究結果を受け入れがたいと思っている」(106ページ)。

著者によれば実際のところ、現状では医師と患者の間でコミュニケーションがうまくとれていない。その理由は色々だが、例えば①医師が患者の人種・性別・体型などに対して潜在的な偏見を抱いているため、コミュニケーションが阻害される。②診察時間の制約があるため、(時間の無駄と思える)コミュニケーションを医師はためらう。そもそも③医師も患者もコミュニケーションにギャップがあることに気づいていない。(「蒟蒻問答」ようなものになってしまっている。)

ではよりよりコミュニケーションを実現するために何が必要か。本書が重要性を強調するのが「傾聴」である。自分自身は口をつぐみ相手の話を聞く。「熱心に話を聞いてもらう」のは「驚くほど力のわいてくる経験」で、そんな相手とは「かかわりをもちつづけたいという気持ちになる」と著者は自身の経験から断言する。ただしこれは簡単なことではない。聞き手には聞く努力が求められる。実際、患者の話を「上手に」聞くことは「困難きわまりない技術の1つ」なのだ。

本書の中で最も印象的だったのが、オランダでは(終末期にいる患者のみが対象であるものの)患者の話を聞くことが医療として認められているという事実である。傾聴の重要性が医療現場で広く認められていくことを願う。

著者は現役の医師で、本書は医療現場でのコミュニケーションの重要性を論じている。多くの人は患者の立場で医師と接するだろうが、良き患者であるためにも本書の内容は有益だ。また一般的に言って良い人間関係を築くためにコミュニケーションは欠かせない。その意味で本書は誰にとっても役に立つアドバイスに満ちている。幸いな事にコミュニケーションは改善が可能だ。「コミュニケーションは習得が可能な個別の技術に分解できる」(241ページ)と主張する研究を著者は引く。受け答えのなかで言葉遣いや言葉のえらび方を工夫したり、心の持ちようを変えたりすることも大切だ。本書から得られるものは多い。