とりまかし読書記録

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「自動延長」という発明(後編)

「自動延長」という発明(前編)torimakashi.hatenablog.jp


自動延長について「あり」「なし」のどちらを初期設定として提示するかは一見すると些細な違いに感じるのだが、初期設定の違いが出品者による選択率を左右することは十分に考えられる。2017年に行動経済学者のリチャード・セイラーノーベル賞を受賞し、一躍有名になった「ナッジ」を思い出す方も多いだろう。そのため、2009年のシステム変更後、「自動延長あり」のオークションが増えたことに対する驚きはさほどない。それよりも注目したいのは、システムの変更前、自動延長を設定するためには出品者が意識的に「自動延長あり」を選ばねばならなかった頃からすでに、大半のオークションには自動延長が設定されていたという事実の方だ。

わざわざ意識して選んでいるのだから、自動延長を設定すれば落札額が上がると出品者が考えているのは明らかだ。入札期限が延びれば競り合いが活発になる、こう出品者は踏んでいるのだろう。一部の出品者にとって、これは単なる推測を超えた経験測なのかもしれない。開始価格や自動延長の設定を違えてまったく同じ品をいくつも売り出している出品者を何人も見たことがある。彼らは落札額を少しでも押し上げるために試行錯誤していたのだろう。その結果として「自動延長あり」にたどり着いたという可能性も十分にある。


ところでオークションの運営側であるヤフーにも、落札額を高めるには自動延長を設定した方がよいと考えている節がある。自ら試行錯誤を繰り返さねばならない出品者と違って、ヤフーは膨大なオークションデータを解析しながらシステムを設計したり仕様を変更したりできる。出品画面での初期設定を「自動延長あり」に変更してから現在までずっとその状態が続いている。「自動延長あり」の優位性をヤフーが認めていると推測できるゆえんである。

オークションはゼロサムゲームなので、価格が競り上がれば売手が喜ぶ反面、買手の懐は痛む。ヤフーの立場が買手側よりも売手側に近いのは、ヤフーが落札額の一定割合(8%ほど)を手数料として徴収しているからだ。とはいえヤフーが買手の敵だというのではない。買手が離れていってしまえばそもそもビジネスが立ち行かない。


ところが標準的なオークション理論の枠内では、自動延長を設定すれば落札額が増えることをそれほど明快には説明できない。こう考えるのがせいぜいのところだ。

  1. 自動延長による新たな締め切りまでに、品物の価値をもっと高く評価するような買手が現れる。
  2. ビッドの応酬を通じて、当初思っていたよりも品物の価値が高いことが買手に判明する。

どちらも可能性がないではないが、誰もが納得するような説明というほどでもないだろう。最後の最後になって新たな買手が現れることはそうそうないだろうし、現実的に考えて、相手の入札から伝わってくる情報を加味して戦略を練り直すほどの時間的余裕はない。付け加えて言うと、いくつかの仮定をおいたうえで、落札額が自動延長の有無に左右されないことを理論的に示すこともできる。*1


最後に、買手に対するアドバイスをひとつ示しておこう。

理論はどうあれ、自動延長を設定したオークションでは落札額が高くなりがちだ。これはひとえにオークションの終わり近くになって入札する買手が多いということである。実際に「狙い撃ちのススメ」といったアドバイスをしばしば目にする。が、ここではあえてそれとは正反対のことを勧めたい。こうである。

「自分が支払ってもよいと考える金額を早い段階で1回だけ入札する。リマインダー設定も解除してあとはもう放っておく。」*2

スナイパーになれば最後まで競り合えるというのは正しい。しかしその先に待ち受けるのは「後悔」でしかないかもしれない。*3自分の入札が打ち負かされたら対抗せずにいられないのが生身の人間。その結果、落札額が思いもよらない金額にまで上がってしまえばそれこそ「自動延長あり」をえらんだ売手の思わく通りである。狙い撃ちせよというアドバイスはひょっとすると売手による巧妙なわななのかもしれない。

*1:一番重要な仮定は買手の評価値が私的価値であること。つまり品物に対する買手の評価額がライバルたちの入札額に左右されないという前提が必要である。興味がある方は Tsuchihashi (2012) を参照してほしい。

*2:もっとも単純な見方ではヤフオク!は2位価格オークションだということになる。オークション理論によれば、いくつかの仮定のもとでは、品物に対する自分の評価額をそのまま入札するのが「最適」な入札戦略である。これは入札のタイミングを問わない。しかしここでのアドバイスはこうしたオークション理論の知見をもとにしているというよりも、競り合いに巻き込まれないことを目指す「コミットメント」に関するものである。

*3:落札したはよいが結果的に金額が高すぎて後悔するという現象を表す「勝者の呪い」という概念がオークション理論のなかにある。「勝者の呪い」は品物の価値を過大評価することが原因であり、入札競争が過熱して高い金額を支払う羽目になるのとは違う。いま考えている状況は競争の過熱の方である。