とりまかし読書記録

読んだ本の感想や書評を掲載していきます。

オンライン授業の価値は対面授業よりも低いのか?

キャンパス閉鎖とオンライン授業、そして学費返還訴訟へ?

 多くの大学ではまもなく後期授業が始まる。少人数で行なわれる一部の授業を除いては、後期も引き続きオンライン方式で講義が提供される大学も多いだろう。新型コロナウイルス「第2波」「第3波」への警戒が求められる現状では、こういった対応はやむを得ないと言える。けれども学生、特にキャンパスライフに期待をふくらませて入学してきた1年生の困惑や失望は大きいはずだ。何しろ、大学へ入学してからキャンパスへ一歩も足を踏み入れたことすらないのだから……。このような状況が続いていくなかで困惑が怒りに変わり、さらには学費返還を求める訴訟へとつながっていく可能性もあり得る。

 

学生(保護者)が納める学納金は大きく「授業料」と「施設設備費(教育充実費)」に分けられる。キャンパスが閉鎖されている以上、学生は図書館などの大学施設を利用することが(ほとんど)できない。また、オンライン授業は、「オフライン」の対面授業と比べるとどうしても講義の質が下がる。録画されたオンデマンド講義にはいつでも好きなだけ視聴できるという利点がある一方で、教員にその場で質問できないという難点もある。受講者の少ない授業ならば「Zoom」などの会議アプリが使えるかもしれないが、それでも対面方式と比べて議論に制約はある。オンライン授業は対面授業の「劣化版」なのだ。

 

米国では学費返還を求める集団訴訟が相次いでいるという(『ニューズウィーク日本版』2020年7月28日号「オンライン授業に「学費返せ」」)。キーワードは「契約違反」。対面授業よりも価値の低いオンライン授業は契約違反であり、価値の差にあたる分の学費を返すべきだという論法だ。『ニューズウィーク日本版』の記事では「原告は契約違反を明確に証明できないだろう」という弁護士の見解も紹介されている。通常、学生や保護者は大学と明示的な契約書を交わさないからだ。

 

学費は教育サービスの対価ではない

 

多くの大学がキャンパス閉鎖を決めた3月時点でどの程度、学費返還を求める動きがあったのかは不明である。しかし日本私立大学団体連合会は早くも4月下旬に「新型コロナウイルスの感染拡大に伴う学生支援にかかる課題」と題した文書を公開し、授業のオンライン化は学費返還の理由にならないと主張している(「新型コロナウイルスの感染拡大に伴う学生支援にかかる課題」2020年4月28日付け)。その主張を支えるのは、学費は講義などのサービスの対価ではなく「経費」だという論理である。

 

これは一般的には理解されにくい論理だろう。例えば映画を観るためにチケットを購入したのに、映写機の不具合で肝心の映画がまともに上映されなかったとしよう。その場合、チケットの払い戻しを受けるのは、購入者にとって当然の権利である。映画館が「いや、チケット代金は映画製作にかかった費用なので、払い戻しには応じられません」などと言うのは筋が通らない。授業料にも同じことが言えるのではないか、という反論は十分にあり得る。

 

シグナルとしての大学教育

 

学費が対価と経費のどちらに該当するのかを明確に示すことは難しい。学生や保護者と大学との間で、入学前に詳細を定めた契約書を交わしているわけではないからだ。そのため、訴訟を起こしても学費の返還は受けられないかもしれない。

 

けれども、学生の皆さんはがっかりすることはない。学費を経費と見る考えは受け入れられなくても、では、投資と見たらどうだろう。経済学にシグナリングという考え方がある。「大学の価値は卒業証書にある」という考え方だ。「A」のそろった成績証明書と卒業証書があれば望んだ職に就くことができる。授業がオンラインであっても、大学は学生に対して十分な価値を提供できるのである。

 

期待通りの学生生活を送れなくなった学生は本当に気の毒だと思う。でも無駄な投資ではない。そう考えれば大学生活に希望が持てるのでは?