とりまかし読書記録

読んだ本の感想や書評を掲載していきます。

スーパーキャッシュを知っていますか?

銀行口座を整理しようと思い、しばらく使っていない三菱UFJ銀行の口座を解約してきた。この口座を開設したのは大学3年の春なので実に20年間お世話になったことになる。ただし開設した当時の銀行は三和銀行だった。なぜ20年以上も前のことを覚えているのかというと、1999(平成11)年4月14日に始まった電子マネー「スーパーキャッシュ」共同実験に参加するために開いたのがこの口座だからだ。*1

ある日、ゼミのメンバーの1人が「スーパーキャッシュ共同実験」についての記事を見つけてきた。インターネットを介して「電子マネー」を「チャージ」できる。「バーチャル店舗」で「ディジタルコンテンツ」などの買ったり、「ICチップ」搭載のキャッシュカードを使って「リアル店舗」でも買い物できる。実験期間はおよそ1年間。記事の内容はほとんど理解できず頭がくらくらした。電子マネーという言葉も聞いたことがなかった。当時はもちろんSuicaなど存在せず鉄道定期券はすべて薄っぺらい磁気カード。今でも電子マネーの本質を理解しているかどうか心許ないが、当時は本質どころか「なんか凄そう」という印象があっただけだった。今から振り返ると「バーチャル店舗」という表現に隔世の感があるが、電子マネーという響きに当時は近未来を感じた。

ともあれ、せっかくだからみんなで参加してみようという話になった。「じゃあ各自、今月中に実験参加銀行のどれかで口座開設しておくこと」ひょっとしたら誰かと一緒に口座を開きに行ったのかもしれないけれど、覚えてない。僕が選んだのは三和銀行だった。

スーパーキャッシュをあらかじめチャージしたキャッシュカードを財布に忍ばせて、何度かみんなで新宿にご飯を食べに行った。電子マネーが使えるお店は新宿エリアに限定されていたからだ。大型商業施設を別にすると約1000店舗あるはずのリアル加盟店はなかなか見つからず、いざ見つかっても支払いの段になって「スーパーキャッシュ?何ですか、それ」と不審な表情でお店の人に訊き返されたりする。あたかも「こども銀行」と書かれたお札で支払おうとする人を見とがめるかのように。レジ横には「スーパーキャッシュ加盟店」というシールが貼られているのに……。スーパーキャッシュを「知っている」別の人が対応してくれてようやくほっとする。スーパーキャッシュは使うのに緊張感を伴う電子マネーだった。

うろ覚えなのだが、オンライン店舗での買い物は一度も経験しなかったと思う。いや、何度か試みて、結局うまくいかなかったのかもしれない。専用の「カードリーダー」端末にキャッシュカードを差し込んで使う方式だったように記憶している。インターネットで当時の記事を検索するとカードリーダーの写真も見つかるのだが、「そう、これこれ」と手を打つのではなく「あれ、こんなんだったかな……」と首を傾げてしまう。

結局、夏前にはスーパーキャッシュを使うのをやめてしまった。例の「緊張感」を別にしても、現金やクレジットカードでの支払いと比べて手間がかかったし、何より飽きた。ゼミのメンバー内でもその後、スーパーキャッシュが話題に上ることはなかったように思う。だから翌年になって「実験終了のお知らせ」か何かを受け取った時も「ああ、そういうのあったな」という程度の感想しかなかった。再び電子マネーを利用し始めたのはその翌年か翌々年、JR東日本のSuicaを手に入れてからのこと。もっともSuicaは銀行口座と連動しているわけでもなければ、何か買い物ができるわけでもなかったけれど。

今では電子マネーを「何か得体の知れないもの」と感じる人は少ないだろう。スーパーキャッシュ共同実験を積極的に推し進めてきた人たちにとって今の社会は想像していた通りなのか、それとも想像以上のものか。

*1:実験概要を示すウェブサイトは今でも見ることができる。